陣の池

地域に伝わる歴史や史跡を紹介

木崎原合戦に由来

「陣の池」の名前は、島津義弘(薩摩)と伊東義祐(日向)との
木崎原合戦に由来します。
元亀三年(一五七三年)伊藤軍が小林城から加久籐城に進軍し、
田原(現=妙見原)に陣を構え、見張り台を設けました。
この池が田原の陣に近い場所に位置していたことで、陣の池と
呼ばれるようになりました。
池は、田代開田の用水地として形成されたものです。田代原の
先住者達が、霧島山系から豊富な湧水を利用して、人工池を
造りました。
そこから約2㌔にわたり小溝を掘り、田代原(現=田代新田)
へ水を引き入れて、水田を開きました。現在でも、農業用水として
利用されています。

豊富な湧水地帯

湧水は霧島裂水で中性、夏も冷たくきれいな水です。春には桜並木、
夏には彼岸花が出迎えてくれ、訪れる人たちを楽しませてくれます。
この一帯は、陣の池を中心に、出水観音の湧水など有数の湧水地が
存在し、その恩恵により古くから農業が栄えてきました。また「ホタルの
湧水の里」として、農地・水・環境保全向上対策に一体となって
取り組んでいる地域です。

  • 最終更新2011年04月23日

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