狭野神社

神事「ベブがハホ」。農作業をユーモラスに演じます。


日本国憲法成立の時には既に神域

神武天皇は幼名を狭野尊(サノノミコト)といいましたが
これは、尊が降誕されたこの地名からとったものだといわれています。
社伝によると、狭野神社の創設は非常に古く、第五代孝昭天皇の時代で、
二千数百年も昔。古墳時代よりも千年の前のことですので創建当時の
歴史資料は残っていませんが、
その後30代敏達天皇の時代には別当寺として、神主院(のちに神徳院)が
建立され、さらに第62代村上天皇の時代には性空上任によって、
霧島六社権現が創始されるなどの記録があることから、日本という国が
成立した頃には、すでに神域として、相当の伝統を持っていたことが伺えます。
狭野神社は霧島の麓にあることから、霧島山噴火の被害を度々受け、
中でも延暦7年(788)や文暦元年(1134)、さらに享保3年(1718)と過去三度も
社殿が焼失するほどの大噴火に見舞われています。
それでも、歴史の皇室、藩主の崇敬が厚かったことから、
そのたびたびごとに復興し、神武天皇にまつわる伝説とともに、
その歴史を現代に伝えています。


参道の狭野杉
(国指定天然記念物)

狭野神社の主な祭典行事
・例祭 10月23日
・祈年祭 2月18日
(苗代田祭の特殊神事=ベブがハホ)
・紀元祭2月11日
・御田植祭5月16日
(棒踊り、奴踊りなどの奉納)
・狭野夜神楽奉納12月第一土曜日
(第二鳥居付近にて、徹宵奉納)


(取材協力・・・高原町まちづくり推進課)

  • 最終更新2011年04月22日

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