出の山池

「おいしい川魚料理」「ホタル生息地」として有名な出の山公園。
小林市を代表する観光地でもある。



薩摩藩によって造られる


「出の山池」は、1674年に薩摩藩によって、かんがい用水のため池として、造られました。
その後、多くの開田が可能となり、出の山用水路開設による
上細野水田と宝光院用水路開設による下細野の水田が誕生しました。
薩摩藩でも「細野三千石・米どころ」と称され、名高い穀倉地域となりました。
小林郷内でも細野村が一番高く「小林誌」によれば幕末に高三千三百八十六石余り
だったとのことです。(高三千石は小さな大名の領有分程度)

工事の苦労

伝説によると、施工までには難工事で、堰提を築くとき、再三水に流され崩れたので、
横布切りでふせをした衣服を着た者が人柱に立つことに布令し、検者自ら人柱に立ったという
哀話も伝えられています。
また、へご(ゼンマイの根)を集めて、これを土と交互に積み重ねて、初めて築くことができ、
昭和27年頃に宮崎県淡水魚試験場を開設する、土提の一部を切り離したところ、
へごが数多く出てきました。伝説の真実性を裏付けています。
『三国名勝図絵』には「池には多くの鮒が生息し、美味である」と記されています。
また、出の山の鯉は明治末期、地元の有志3名で稚魚を放流したことに始まるそうです。
(参考・小林市史 協力・小林市)

  • 最終更新2011年04月22日

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